カテゴリ:ユトリロ・佐伯祐三・荻須高徳( 1 )

293.大聖堂

この間言っていたユトリロ→佐伯祐三→荻須高徳、と私なりに感じたことを書きます。
この絵はユトリロの「ランスの大聖堂」です。
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1925年のユトリロの展覧会を見て感動したことを佐伯は友人に手紙で書きました。
佐伯の作品に少なからず影響を及ぼしたのかもしれません。
佐伯祐三作「ノートル・ダム(マント・ラ・ジョリ)」
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1927年、荻須高徳はパリに渡り、佐伯祐三の感化を受け、佐伯の隣にイーゼルを立て、佐伯を吸収しようとしました。しかし、翌年、佐伯は30歳の若さで帰らぬ人となり、佐伯を目標とする制作は束の間に終わりました。

この二つの作品を並べると、荻須が如何に佐伯に影響を受けたか分かります。
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順に佐伯祐三「新聞屋」、荻須高徳「新聞屋」

しかし、荻須は自分の絵の確立に成功しました。
揺るぎのない荻須高徳の世界を84歳で亡くなるまで、描き続けました。
大聖堂の絵も佐伯とは違う荻須の絵になっています。

荻須高徳「サン・ドニの伽藍」
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最後に大聖堂と言えばモネを思い出します。
モネの「ルーアン大聖堂、朝」を紹介します。
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私の「シャルトルの大聖堂」は完成しましたが、別の日に紹介します。
巨匠と一緒に私の絵を並べるのは余りにもおこがましいですので。
(敬称は略させてもらい、それぞれの画家の図録を参照しました)
by natsumeakemi | 2011-12-22 22:23 | ユトリロ・佐伯祐三・荻須高徳 | Trackback | Comments(2)